大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和61年(ワ)458号 判決 1989年2月28日

原告

志方雅子

ほか三名

被告

千葉県

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告志方雅子に対し金二六九万〇三四八円、原告志方紀雄に対し金七八八万二六三八円、原告志方恵美、原告中西美智子に対しそれぞれ金五七七万二六三八円、および右各金員に対する昭和六〇年九月二六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告らの連帯負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

五  被告千葉県が、原告志方雅子に対し金三〇万円、原告志方紀雄に対し金八〇万円、原告志方恵美、原告中西美智子に対し各金六〇万円の担保を供したときは、その担保を供した原告に対し前項の仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の申立

(四五八号事件)

一  請求の趣旨

1 被告千葉県は、原告志方雅子に対し金二六九九万〇六九七円、原告志方紀雄、原告志方恵美、原告中西美智子に対しそれぞれ金八九九万六八九八円および右各金員に対する昭和六〇年九月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2 訴訟費用は被告千葉県の負担とする。

3 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告千葉県)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱の宣言。

(一一八二号事件)

一  請求の趣旨

1 被告三浦大介は、原告志方雅子に対し金二六九九万〇六九七円、原告志方雅子、原告志方紀雄、原告志方恵美、原告中西美智子に対しそれぞれ金八九九万六八九八円および右各金員に対する昭和六〇年九月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告三浦大介の負担とする。

3 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告三浦大介)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(四五八号事件、一一八二号事件)

一  請求の原因

1  当事者

(一) 原告志方雅子は訴外亡志方富雄(以下富雄という)の妻、原告志方紀雄、同中西美智子、同志方恵美はいずれも富雄の子である。

(二) 被告千葉県は、県立船橋法典高等学校(以下法典高校という)の設置者で、これを維持、管理、監督しているものである。

(三) 被告三浦大介(以下被告三浦という)は昭和六〇年九月二六日当時、法典高校二年に在学していたものである。

2  本件事故の発生

富雄は、昭和六〇年九月二六日午前一〇時ころ、千葉県市川市柏井町一丁目一二三五番地姥山貝塚公園(以下本件公園という)内の遊歩道上において、写生をしていた法典高校の生徒の絵を覗きこんでいたところ、遊歩道を走つて来た被告三浦運転の自転車(以下加害自転車という)に衝突され、転倒して路上に後頭部を激突させ、同年一〇月四日、日赤医療センター脳外科において急性硬膜下血腫により死亡した。

3  被告らの責任

(一) 被告三浦の責任

被告三浦は、本件公園内が自転車等の乗入れを禁止されており、公園入口にその旨の立札が立てられていたのに、これに違反して友人から借りた加害自転車に乗つて他の生徒と競走しながら疾走中、富雄を遊歩道に認めたにもかかわらず、適切な事故回避措置をとらなかつた過失により本件事故を発生させたから、民法七〇九条により本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告千葉県の責任

(1) 本件事故は、法典高校の美術の校外授業中に、生徒の被告三浦が友人から借りた加害自転車で他の生徒と競走しながら疾走中惹起したものである。

(2) 本件公園は自転車の乗入れが禁止されており、二カ所にその旨が記載された立札が立てられていた。

右公園は法典高校から四〇〇m位離れた場所にあり、考古学的意味から学校関係者には周知の場所であり、また法典高校からは徒歩で行くことも充分可能な場所であつた。

(3) 従つて法典高校の美術担当教諭の訴外藤浪秀一(以下藤浪教諭という)および同校々長の訴外久保木千寿(以下久保木校長という)は本件公園へ自転車で行くことを禁止すべきであり、もしこれを許可するのであれば特別の注意をし、引率をするべき義務があつた。

(4) しかるに藤浪教諭と久保木校長はこれを漫然と許可し、特別の注意も与えず、引率もしなかつたから校外授業に対する監督注意義務を怠つた過失がある。

(5) よつて被告千葉県は法典高校の設置、管理、監督者として、国家賠償法一条により、本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

4  損害 五三九八万一三九一円

(一) 入院費用 二六万九一一〇円

(二) 葬儀関係費

(1) 葬儀費 一〇四万五五〇五円

(2) 布施料 五五万円

(3) 仏壇購入費 三六万円

(三) 親族交通費 六四万五五四八円

(四) 逸失利益 二五八三万三六二八円

富雄は、大正九年生れで、本件事故当時六六歳の健康な男子であり、昭和一四年から同四六年まで訴外農林中央金庫(以下訴外金庫という)に勤務し、次いで同四六年から訴外三菱ふそう自動車販売株式会社に勤務し、同六〇年四月同社を退職したものであつた。

(1) 賃金収入分 九三五万〇五五四円

六六歳平均給与額 二三万三五〇〇円

生活費割合 三五%

稼働年数 六年

23万3500円×12月×0.65×5.134=935万0554円

(ホフマン式計算方法による,以下同)

(2) 厚生年金減額分 一四三八万六八三一円

厚生年金の遺族年金への切替による減額分

厚生年金額 二五九万〇四〇〇円

遺族年金額 一二〇万八三〇〇円

平均余命 一四・四七年

(259万0400円-120万8300円)×10.4094=1438万6831円

(3) 退職年金打切り分 二〇九万六二四三円

訴外金庫の退職年金は六〇歳から終身支給されるところ、死亡により支給開始時の昭和五五年三月から一〇年で打切られることになつていることによる分

退職年金額 三〇万六二四〇円

死亡後の支給期間四年七月(昭和六〇年一一月から同六五年二月まで)

平均余命 一四・四七年

30万6240円×(10.4094-3.5643)=209万6243円

(五) 慰藉料 二〇〇〇万円

(六) 貼用印紙代 二七万七六〇〇円

(七) 弁護士費用 五〇〇万円

(八) 以上の富雄の被告らに対する損害賠償請求権は、同人の死亡により、その妻である原告志方雅子が二分の一、その余の原告らが各六分の一宛相続により取得した。

5  よつて原告らは被告らに対して請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

二  請求原因の認否

(被告千葉県)

1 請求原因1のうち、(一)の事実は知らない。同(二)(三)の事実は認める。

2 同2のうち、原告主張の日時、場所において被告三浦運転の加害自転車が富雄に衝突し、これにより同人が原告主張のとおり死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3 同3の(二)のうち、本件事故が法典高校の美術の校外授業中に惹起されたこと、本件公園は自転車の乗入れが禁止されており、その旨の立札が立てられていたこと、同公園が法典高校から徒歩で行くことが可能な場所であること、藤浪教諭および久保木校長が生徒らに対して自転車で行くことを許可したこと、は認めるが、その余は争う。

本件事故は、法典高校における教育作用とは関係なく、被告三浦が加害自転車で走行中富雄に接触させて発生させた事故であつて、公権力の行使により発生した事故ではないから、被告千葉県に責任はない。

4 同4は知らない。

(被告三浦)

1 請求原因1のうち、(一)の事実は知らない。同(三)の事実は認める。

2 同2のうち、被告三浦が加害自転車で走行中、富雄と接触したこと、同人が死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3 同3の(一)のうち、本件公園が自転車の乗入れを禁止されていたこと、その入口二カ所にその旨の立札が立てられていたことは認めるが、その余は否認する。

本件公園には入口が四カ所あり、他の二カ所には立札が立てられていなかつた。被告三浦は立札の立てられていない入口から本件公園内へ入つたものであり、また公園内の道路は自転車で通行する人が多く、被告三浦は本件公園が自転車の乗入れを禁止されていることを知らなかつた。

4 同4は知らない。

三  被告千葉県の主張

1  被告三浦は小学校、中学校において自転車の安全な乗り方について充分な指導を受けた上、法典高校においても機会ある毎に自転車の安全な乗り方について指導していた。

2  被告三浦は、通学に自転車を使用していて、自転車の安全な乗り方についての知識と経験を充分に持つていただけでなく、過去自転車による事故を発生させたこともない。

3  法典高校では、それまでに何回か本件公園で校外写生授業を実施し、その往復に自転車の使用を認めたことがあつたが、何の事故も発生しなかつた。

4  本件公園の入口には、自転車の乗り入れを禁止する旨の記載のある立札が設置されていたから、かなりの判断能力を備え、行為の結果について相当の分別を有している高校二年生の被告三浦らの生徒に対して、本件公園内に自転車を乗り入れないということは期待し得ることであつた。

5  藤浪教諭は、校外写生の実施に当たり、被告三浦らの生徒に対し、自転車による交通事故の防止および交通ルールを守つて自転車を走行するように注意した。

6  以上のような事実から、藤浪教諭や久保木校長は、被告三浦らが本件公園内に自転車を乗り入れないことおよび自転車を安全に操作することを充分に期待し得たものである。

しかるに被告三浦は、自転車を本件公園内に乗り入れた上、自転車の操作を誤つた過失により本件事故を発生させたものであるから、本件事故は校外写生に内在する危険から発生したものではなく、突発的な事故である。

従つて藤浪教諭や久保木校長らは、本件事故発生の危険性を具体的に予見することは不可能であつたから、過失はなく、被告千葉県も責任を負うものではない。

四  被告千葉県の主張の認否

争う。

第三証拠

本件記録中、証拠に関する目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

(四五八号事件、一一八二号事件につき)

一  本件事故の発生

1  富雄が、昭和六〇年九月二六日本件公園内の遊歩道上において、被告三浦運転の加害自転車と衝突し、同年一〇月四日死亡したことについては当事者間に争いがない。

2  原告本人志方紀雄が昭和六〇年九月二八日撮影した本件公園および加害自転車の写真であることについて争いのない甲第一号証、原告代理人が同六一年八月一六日および同六二年四月一一日撮影した本件公園およびその付近の写真であることについて争いのない甲第三、四号証、成立に争いのない甲第二、五号証、乙第三号証、原告本人志方紀雄、被告本人三浦大介各尋問の結果によると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(一)  本件公園は、国指定史跡の馬蹄形貝塚である姥山貝塚を保存するため設置された公園であり、園内に、概ね円形で、幅員約三m、カラーアスフアルト舗装の遊歩道(以下単に本件遊歩道という)が設置されており、右遊歩道の両側は約五〇cm低くなつて芝生となつている。本件遊歩道の路面は平坦であるが、カーブしており、立木のため見通しは余り良くない。

(二)  被告三浦は、本件事故発生日の午前一〇時四〇分ころ、ドロツプハンドル、一二段ギヤー型式、スポーツ用自転車の加害自転車に乗つて、友人と本件遊歩道を競争走行していたが、途中で競争を止め、本件遊歩道前方右端で絵を描いていた他の友人らの付近で停止するため、その約三八m手前でペダルを踏むのを止め、約一六m進行した地点でブレーキの位置を確認するため下を向き、そのまま約一二m位進行した後、前方を見たところ、約五m前方の本件遊歩道上に、自車の方向を向き、驚いた様子で立止まつている富雄を発見し、危険を感じて直ちにブレーキをかけたが、間に合わず、加害自転車前輪が富雄の身体中央部に衝突し、同人はその場に仰向けに転倒して後頭部を路面に打ちつけ、被告三浦は加害自転車とともに右側に転倒した。

(三)  富雄は、被告三浦の反対方向から本件遊歩道を歩いて来て、被告三浦の友人らが描いている絵を覗き見ながらその前を通り過ぎた後、前方から進んで来た被告三浦の自転車を見て、左右どちらの方向に避けたら良いのかが判断できずに上体を左右に動かし、立ちすくんでいるような状態のまま、加害自転車に衝突された。

(四)  富雄は、本件事故により急性硬膜下血腫の傷害を受け、意識不明状態のまま昭和六〇年一〇月四日日赤医療センターにおいて死亡した。

二  被告らの責任

1  被告三浦の責任

前示の事実によれば、被告三浦は、本件事故の発生について、前方不注視、事故回避措置不適切の過失があつたものと認められるから、民法七〇九条により本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

2  被告千葉県の責任

(一)  本件事故が法典高校の美術の校外授業中に発生したこと、本件公園は自転車の乗入れが禁止されており、その旨の立札が立てられていたこと、同公園は法典高校から徒歩で行くことが可能な場所であること、藤浪教諭および久保木校長が生徒らに対して自転車で行くことを許可したことの各事実については当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実と、前掲の甲第一、二号証、第五号証、乙第三号証、成立に争いのない乙第二号証、真正な公文書と推定すべき甲第六号証、証人藤浪秀一、同別部松彦の各証言および被告本人三浦大介尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 本件事故は、美術の校外授業中に発生したが、右校外授業というのは、一週間に一回二時間連続で設けられている美術の授業時間を五週間連続して使用し、写生を行うこととしたもので、生徒は担当教師の藤浪教諭が写生場所として予め指定した本件公園を含む法典高校の内外五カ所位の中から自由に選択した場所で写生し、三枚の下絵を完成して提出し、その中から藤浪教諭が一枚を選んでこれに生徒が着色して再度提出することとされたものである。

(2) 第一週目の授業の最初の一時間は教室内で授業を行い、二時間目から校外授業に入つたが、藤浪教諭は写生場所へ自転車で行くことを許可し、その際、自転車の二人乗りをしないこと、自動車との接触事故等を起さないように注意すること、野外であるため蛇などにも注意すること、更に喫煙しないこと等の注意をした。

(3) 生徒は全部で三四名であつたが、第一週目の授業中、絵を描いた生徒はほとんどおらず、写生場所が決まらない生徒も多数いた。

被告三浦も第一週目は、友人三名と自転車で写生場所を捜してあちこち乗り回しただけであり、時間の終りころになつてようやく本件公園を写生場所とすることを決めただけであつた。

(4) 第二週目に本件公園へ行つた生徒は約二〇名であつたが、絵を描いた生徒は少く、一四、五名は本件遊歩道を自転車で乗り回すなどしており、被告三浦も同じく自転車で本件遊歩道を乗り回つたり、友人と一週の速度を競つたりして時間を過し、ほとんど何も描かなかつた。

(5) このように第二週目の授業が終つても、生徒の作品の進行状況が良くなかつたため、藤浪教諭は、第三週目の授業の冒頭に、同日中に絶対に一枚は完成するように強く指導した。

(6) 第三週目の授業時である本件事故当日、本件公園へ行つた生徒は男女各五名の一〇名であり、そのうち九名が自転車で行つた。

(7) 被告三浦は、前同様友人三名と一緒にそれぞれ自転車で行き、本件事故現場付近で写生を始めたが、一〇ないし一五分程描いただけであきてしまい、初めは自分の自転車に乗つて友人らとともに本件遊歩道を乗り回していたが、その後友人の自転車である加害自転車を借りて乗り、他の友人と本件遊歩道を周回する競走をしたが、その友人が先に行つてしまつたため、競走をあきらめて走行中に、前示のとおりの過失により本件事故を惹起した。

被告三浦の絵の完成度は、一枚目の半分以下であつた。

(8) ところで本件公園は、法典高校から約一三〇〇m離れた場所にあり、市川市が管理している公園であつて、公園内への自転車の乗り入れは禁止されており、その旨の立札が二カ所に立てられていた。

(9) 藤浪教諭は、本件公園へ、校外授業の下見のために行つたほか、他の級の校外授業の巡回指導のため合計四、五回行つたことがあり、その際、本件公園内でゴルフを禁止する旨の立札が立てられていることには気づいたが、自転車乗り入れ禁止の立札には気づかず、またそのことも知らなかつた。

被告三浦らも自転車乗り入れ禁止の立札には気づかず、本件公園が自転車乗り入れが禁止されていることも知らなかつた。

(10) 藤浪教諭は校外授業時間中に、生徒全員に対し、少くとも一回は個別に技術的な指導をすることとし、順次巡回して指導をしていたが、本件公園へは第一、二週とも一回も行つておらず、その間に生徒の授業中の態度や行動の指導、監督を目的とした巡回指導はしなかつた。

そして第三週目の本件事故当日、初めて、本件公園において写生している生徒に対して巡回指導するため、本件公園へ赴く途中で、本件事故の発生を知つた。

(三)  以上のような事実関係に照らして、被告千葉県の責任について検討する。

(1) 前示の校外授業は、学校内に拘束されず、生徒が自由に選択した場所において、二時間連続の長い授業時間を五週間費し、その間に下絵三枚とそのうちの一枚に着色したものを提出すれば良いという、生徒にとつては授業時間による拘束性が緩やかで、課題も比較的軽く、しかも担当教師の引率、監視もない解放感の強い授業形態であつたこと、自転車の使用が許可されていたこと、右校外授業の第一、二週目の作品の進行状況は悪く、第三週目の冒頭に、教師が特に強い指導を要する程であつたこと、生徒の年令、学年からして教師の目の届かないところで授業に専念しないで遊興することは充分予想しうることなどの点に照らすと、藤浪教諭は、被告三浦らが校外授業の時間中に写生に専念しないで、自転車に乗つて走り回るなどして遊興に耽り、その結果、場合によつては他の生徒や第三者と衝突するなどの不測の事故が発生するかも知れないことは充分に予見しえたことであると認めるのが相当である。

また藤浪教諭は、校外授業の下見および他の級の校外授業の指導などのために何回も本件公園へ行つたことがあり、その際ゴルフを禁止する旨記載された立札には気づいたのであるから、もう少し注意して見れば、自転車の乗り入れを禁止する立札にも気づくことができたものと認められる。

(2) そうすると、藤浪教諭としては、本件校外授業の実施に当つては、以上のような点を認識し、被告三浦を含む生徒らに対して、本件公園内へ自転車を乗り入れないように指導するとともに、授業時間中に写生活動に専念しないで、自転車に乗つて遊んだりすることのないように充分な注意を与え、また適宜巡回するなどしてその行動の把握に努め、もしそのようなことを発見したときは直ちに中止させるなどの措置をとり、もつて校外授業時間中における事故の発生を事前に防止する措置をとるべき義務があつたものというべきである。

しかるに、藤浪教諭は生徒らの安全に関する注意を与えたにとどまり、それ以上にこのような行動に関する注意や巡回監視等生徒らの行動把握に関する措置をとらなかつたから、この点において過失があつたものといわざるを得ない。

(3) 藤浪教諭が、被告千葉県の設置、管理している法典高校の教諭であり、その授業中に本件事故が発生したことは前示のとおりである。

従つて、公権力の行使に当る公務員である藤浪教諭はその職務を行うについて過失があつたことになるから、被告千葉県は国家賠償法一条一項により本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

三  被告千葉県の主張について

被告千葉県は本件事故について責任を負わないとして種々主張するけれども、藤浪教諭に過失があつたというべきことはすでに認定説示したとおりであるから、右主張のうち4ないし6はいずれもこれに反するもので採用できず、また1ないし3についてはそのような事実が認められたとしても、本件の場合、前記過失を否定することにはならないから失当であるといわざるを得ない。

よつて、右主張はいずれも採用し得ない。

四  損害

1  入院費用 一九万八五三〇円

原告本人志方紀雄尋問の結果とこれにより成立の認められる甲第一〇号証によれば、富雄の入院中その主張のとおり合計二六万九一一〇円の出費を要したことが認められるが、このうち本件事故と相当因果関係がある富雄の損害と認められるのは一九万八五三〇円(診療費、寝台車料、救急施設等使用料、医師御礼、一日当り一〇〇〇円の割合による入院期間中の雑費相当額)である。

2  葬儀関係費 一九一万円

(一)  葬儀費 一〇〇万円

葬儀費としては右金額の限度で相当な損害と認める。

(二)  布施料等 五五万円

前掲の証拠によれば右の出費を認めることができ、右は相当な損害と認められる。

(三)  仏壇購入費等 三六万円

前掲の証拠によれば右の出費を認めることができ、右は相当な損害と認められる。

なお、原告本人志方紀雄尋問の結果によれば、右の各出費は富雄の長男である原告志方紀雄が負担したことが認められるから、右は同原告の損害と認める。

3  親族交通費について

前掲の証拠によれば、原告ら主張の右出費を認めることができるが、右は本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができない。

4  逸失利益

成立に争いのない甲第八号証の二、原告本人志方紀雄尋問の結果とこれにより成立の認められる甲第七号証の一、二、第九号証の一ないし三によれば、富雄は大正九年三月二日生で、本件事故当時六五才の健康な男子であつたことそして旧高等専門学校を卒業後訴外金庫に勤務し、定年退職後訴外千葉三菱ふそう自動車販売株式会社に約四年間勤務し、昭和六〇年三月退職したもので、右退職後は職に就かず、老令厚生年金と訴外金庫の退職年金規約に基づく退職年金の支給を受けて、これにより生計を維持していたこと、右老令厚生年金の年金額は年額二五九万〇四〇〇円であつたが、内四八万二〇八〇円は支給停止されていたため支給年額は二一〇万八三二〇円であつたこと、また訴外金庫の退職年金は月額二万五五二〇円で終身支給されることになつていたことの各事実が認められる。

そして、厚生年金保険法四五条によれば、老令厚生年金の受給権は受給権者の死亡によつて消滅することになつており、また昭和六〇年簡易生命表によれば、富雄の平均余命は一五・五四才であつたことが認められる。

しかるに、富雄は本件事故によつて死亡したため、これらの年金をいずれも受給できなくなつたものである。

よつて富雄の生活費割合として相当と認められる四〇%の割合の金員を控除し、ライプニツツ式計算方法に従い、年五分の割合による中間利息を控除して、富雄の老令厚生年金受給利益および訴外金庫の退職年金受給利益喪失による逸失利益を算出すると次のとおりになる。

(一)  老令厚生年金に関する分 一三一三万〇一一〇円

210万8320円×(1-0.4)×10.3796=1313万0110円

(二)  訴外金庫の退職年金に関する分 一九〇万七一八九円

2万5520円×12カ月×(1-0.4)×10.3796=190万7189円

ところで、原告は富雄の逸失利益について、右老令厚生年金および訴外金庫の退職年金の受給利益喪失に基づく分の外に、労働者の平均賃金に基づく賃金収入喪失による逸失利益の請求をするけれども、富雄は右各年金の収入のみによつて生計を維持していたのであつて、他に稼働していた訳ではなく、右年金収入額も同年代男子の平均賃金額に近い金額であつたから、同人が現に稼働していたとか、あるいは稼働することが確実であつたなど特別の事情の認められない限り、平均賃金に基づく逸失利益の請求は認められないというべきである。

5  慰藉料 一七〇〇万円

前示の本件事故の内容その他諸般の事情を総合すると富雄の慰藉料としては一七〇〇万円が相当である。

6  貼用印紙代について

右は本件訴訟の訴訟費用に含まれるものであつて、民事訴訟法八九条以下の規定に従つてその負担が定められるべきものであるから損害とならない。

7  弁護士費用

本件事故の内容、本訴認容額その他の諸事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は原告志方雅子について二〇万円、原告志方紀雄について六〇万円、原告志方恵美、原告中西美智子について各四〇万円が相当である。

8  相続

原告本人志方紀雄尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告志方雅子は富雄の妻、原告志方紀雄、同志方恵美、同中西美智子はいずれもその子であること、富雄の死亡により同人の被告らに対する損害賠償請求権を法定相続分に従い、原告志方雅子が二分の一、その余の原告らが各六分の一宛相続したことを認めることができる。

五  損害額の減額

富雄の死亡により、遺族厚生年金として年額一二〇万八三〇〇円が支給されること、訴外金庫の退職年金についても富雄の死亡後の昭和六五年二月まで支給されることは原告らの自認するところであり、また厚生年金保険法五九条および前掲の甲第八号証の二、第九号証の一ないし三によれば、遺族厚生年金は富雄の妻である原告志方雅子が受給権者であること、また訴外金庫の退職年金は富雄の死亡により配偶者である原告志方雅子に遺族年金として同額が、富雄の六〇才相当月である昭和六〇年一一月から一〇年間(同六五年二月まで)支給されることになつていること、が認められる。これによれば、右の支給額(但し遺族厚生年金は富雄の平均余命までの間に限る)は原告志方雅子の請求額から控除するのが相当である(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決民集二九巻九号一三七九頁参照)。

よつてライプニツツ式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して支給額の富雄の死亡時における現価額を算出すると、次のとおりになる。

1  遺族厚生年金 一二五四万一六七〇円

120万8300円×10.3796=1254万1670円

2  訴外金庫の遺族年金 一〇八万五八九六円

2万5520円×12カ月×3.5459=108万5896円

六  結論

以上の次第で、原告らの被告らに対する本訴請求は、四の損害額から五の金額を控除した金額(原告志方雅子につき二六九万〇三四八円、原告志方紀雄につき七八八万二六三八円、原告志方恵美、原告中西美智子につき各五七七万二六三八円)とこれに対する遅滞の日である昭和六〇年九月二六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める範囲内で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言およびその免脱の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村田長生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例